2021年9月18日 (土)

こころの自由

皆さん、

長い夏休み、どんなふうに過ごしたでしょうか。

キャンパスはお休みの間に

たくさんの人によって整備されていました。

ちょっとすてきな帽子姿のスタッフが

広場の芝をキレイにしてくれてます。

 

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高校生までこんなに長い休み、ありませんでしたよね。

そしてまた社会人になったら、

やはりこんな長い休みはないでしょう。

そういう意味では大学時代の貴重な長期休暇です。

とはいえ、

コロナ感染者が急増し、緊急事態宣言が継続していて

旅行したり、飲食したりといった行動が

自由できなかった感じの休暇となりましたね。

 

だけど、行動の自由がかなわないからといって、

こころの自由まで奪われるものではありません。

さまざまな制約の中で

どんなふうにこころを自由にして過ごすか。

いろいろと工夫をしたのではないかしら。

 

私はたくさんの本を読み、レンタルで映画を観ました。

現実の世界だけでなく

ファンタジーの世界にも旅ができました。

いろいろな人になりました。

ミュージシャンになったり、外科医になったり、

消防士になったり、ダンサーになったりしました。

泣いたり、腹をたてたり、感謝したりしました。

 

たとえ行動の自由を奪われるようなことがあっても、

こころの自由まで手放さなくてもいいこと、

大切に覚えておきたいものです。

さて、コロナの状況はよめませんが、

後期は、対面と遠隔、オンデマンドなどといった

形式で授業がはじまります。

 

コロナ禍が長期化するなかで

安心感や不安に対する感覚は個人差が広がります。

それぞれ、自分のこころに正直に、

安心感をもって学べる環境を手にしましょう。

豊かに学び、豊かに自分を磨くには

こころの自由が大切です。

みんなと学べる時間を楽しみにしています。(ま)

2021年8月21日 (土)

ギリシャ文字

(心理統計学者のだんなのチェックがはいりまして

一部修正、加筆しました。

読んでるんかい、このブログ!!)

ローマ字のアルファベット、

みなさんはよく知っています。

では、ギリシャ文字のアルファベットは?

ローマ字ほどでなくても

最初のほうなら言えますね。

果たして書けるか、というと

やや怪しくなるかしら。

α、β、γ、δ…

アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ・・・

 

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最近はデルタ株、ラムダ株などと

ギリシャ文字が入った言葉をよく耳にします。

新型コロナの変異株につけられた名前です。

 

デルタ株という言葉出てきたとき、

え?ベータ株やガンマ株は?

と思った方いたのでは?

今回、新たにラムダ株が検出といわれて、

デルタの次はラムダだったっけ!?

って調べてみたら、違うんですね。

ラムダはデルタのずっとずっと後ろでした。

つまり、それほど話題にならなかった変異株が

想像以上に登場しているってことなんですね。

 

さて、心理学の授業には、

このギリシャ文字、いろいろな場面で登場するんです。

 

睡眠障害などを学ぶにあたり、

脳波について勉強することがあります。

脳波には波長によって名前がついています。

覚醒時の安静時にはα(アルファ)波、

そうでもない時にはβ(ベータ)波が見られ、

入眠時にはθ(シータ)波が、

深い睡眠時にはδ(デルタ)波がみられます。

また、心理統計法を学ぶ時には

信頼性のα(アルファ)係数、

偏回帰係数のβ(ベータ)、

一致率のκ(カッパ)係数、

自由度のv(ニュー)

カイ二乗検定のχ(カイ)なんて

ギリシャ文字が登場します。

χをエックスって読み間違えないでね。

 

ギリシャ文字は

統計学や数学、物理学などの理系の学問で

よく登場してきます。

ローマ字だけでは書きあらわせない

関数や係数などをわかりやすく書き表すためだとか、

統計学では

標本データではなく

未知の母集団の特徴を表すものといわれてます。

 

一年生はこれから統計を学びます。

森田先生をはじめ、

どの先生もすごくわかりやすく教えてくれるので

数学だめ、計算無理!という方も心配いりません。

「きっと私にはわからない」などという

先入観を今からつくらないで

リラックスしてのぞみましょう。

リラックスした状態はアルファ波の脳波状態を生み、

潜在能力を活性化させちゃうかもしれませんよ。(ま)

 

追伸:トリビアなこと。

「アルファベット」って、

ギリシャ文字の「アルファ」と「ベータ」を

くっつけた言葉なんですって。

2021年8月13日 (金)

スポーツと心理士

オリンピックの連日の熱戦が終わりました。

スポーツと心理士、実はとても深い関係です。

 

かって、冬季オリンピックで

フィンランドの選手やコーチが試合前後に

もくもくと編み物をしていることが話題になりました。

 

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今回の東京オリンピックでも

高飛び込みのトム・デーリー選手が

(笑顔がすてきよね。彼は

ハズバンドがいて、子どももいます!)

編み物をしている映像が流れましたが、

彼曰く、

メダルをとれたのは編み物のお蔭だとか。

 

彼はどうかわかりませんが、

フィンランドのチームが編み物をしていたのは

このチームのスポーツ心理士からの助言だそうです。

編み物をしていると自然にたどりつく

リラックスをしてるけど

高い集中力をキープできるという心理状態、

これが選手の緊張やプレッシャーを軽減し、

最上級のパフォーマンスを生み出す手伝いをするわけです。

 

スポーツ選手の心理状態については

オリンピック前の大坂なおみ選手のことで

ちょっと話題になりました。

世間には、強い人は心も強くあらねばという

勝手な思い込みがあるようです。

ですが、どんな人間も心が傷ついたり、

弱ったりすることはあるのです。

メンタルヘルスを維持できない人は

弱い人、なんていうのは大きな間違いです。

逆に、私は

心の弱さを自覚できている人は

強くなれる可能性を持っている人だと思ってます。

 

今回のオリンピックでも

メダルの期待をされていた

アメリカのシモン・バイルス選手が

体操女子団体決勝の途中で棄権しました。

心身が混乱状態となり、

彼女自身が「自分のメンタルヘルスを守る」ために

辞める選択をしたのです。

勇気がいったでしょうが、大切な選択ですね。

その後、他のさまざまな競技を棄権した彼女は、

一週間後に平均台の種目で銅メダルを獲得しました。

 

この一週間の間、彼女を支えたのは

身体と心の健康をサポートする専門家たち。

その中に心理士がいました。

実は、もう一つサポートしたのが

オリンピック競技場から離れた

郊外にあるある大学の体育館でした。

ここで3日間、彼女はコーチや心理士らに見守られ、

ひとり密かに練習したそうです。

決して難しい技を磨いたのではなく、

ひたすら「基本」を繰り返したといいます。

そうした経験が最高の笑顔と自信を

回復させ、彼女は競技場に戻ってきました。

 

日本でも、心理士たちが

スポーツ選手をサポートしていますが、

諸外国に比べると、まだまだその専門性を

活用しきれてないかもしれません。

これから、重要な役割を担うはずです。

心理学を学んで、そんな専門性を身につける道も

考えてみてください。(ま)

2021年8月 6日 (金)

平和記念日

人は忘れていきます。

それは自然なことです。

ですが、私たちは忘れてはいけない、

あるいは忘れたくないものもあります。

記念日は「忘れない」ために大切な日です。

8月6日は広島平和記念日です。

 

絵本に関する本を、

昨年、同僚の田中健夫先生と出版しました。

我ながら面白い本で、ゼミなどでも使っています。

「絵本」ってなんだろう?
と問うと、ほとんどの学生から

「母親との思い出」が語られます。

読んでくれた時のこと、

その声色、表情、ページのめくり方、

絵についての母親とのやりとり・・・

そんなことが思い出されてくるようで、

「絵本」が親子の絆を創る役割を果たしていることが

わかります。

 

また「絵本」には、

「語りつぐ」という役割もあります。

戦争や震災に関する「絵本」は、

ありのままを、ありのままに、

時にわかりやすく、

時には恐怖を感じるような絵を通して

後世に語り継ぐのを助けます。

語り継ぐことにより、個人を超えて、

人類として、忘れてはならない

「事実」と「気持ち」の共有が

子どもと大人が一緒になって実現できるのも

絵本の力と言っていいかもしれません。

 

さて、戦争に関する「絵本」って

みなさんは、どんなのを知っていますか?

「つるちゃん」「ちいちゃんのかげおくり」

「おこりじぞう」「ひろしまのピカ」・・・

こうした「絵本」の中には、

子どもには刺激が強すぎるとか

恐怖をあおるだけでよくないなどと言われ、

図書館においてもらえないものもあるそうです。

 

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(山口勇子作 沼田曜一語り 金の星社)

 

「おこりじぞう」の最後に、

「こわい絵本を描くことはむずかしい。

こわいものなど描きたくはないのだが、

こわいものを地上からなくするためには

描かねばならない。」と

絵を描いた四国五郎氏が書いています。

 

どんなふうに思いますか?

忘れないと前にすすめないことがあります。

ですが、前にすすむために

忘れてはならないこともあるのです。

受け取って、

次につなげていきたい戦争に関する絵本

探してみませんか。(ま)

2021年8月 2日 (月)

興味深い舞台裏

先週末に行われた

日本vsニュージーランドのサッカー。

日本がPK戦を制して勝ちました。

今日、遅い昼ご飯を食べていたら

テレビでPK戦の舞台裏というのをやっていて

興味深く、見入ってしまいました。

 

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舞台裏は、舞台の表よりも、

地味で、目にとまりにくいですが、

そこには、

時間をかけてこつこつと築きあげた関係の上で

個人のさまざまな心模様が展開し、

より人間的なドラマがあって面白いです。

 

今回、PKをする選手を監督は挙手で決めたそうです。

これって、とてもめずらしいのだとか。

選手の「いま」の心身状態に対する

選手当人の判断に信頼を置いている監督だから

「挙手して!」って言えることなのでしょう。

また、手をさっと挙げる選手たちのほうもすごいです。

私だったら、監督の顔をみないようにしてフリーズするでしょう。

でも、オリンピックに出るぐらいの選手たちは

自分の力を冷静に判断し、

自分ができる役割や責任を自覚して動けるのですね。

 

キーパーのコーチは、

私の記憶にもある大活躍した元キーパーです。

メモを書いてPK戦前の短い時間のなかで

若いキーパーに一生懸命、

何かを伝えようとしている映像が流れました。

でも、肝心のキーパーさん、頭に入っていなさそう。

それに気づいたコーチ、

最後は「勘でやれ!」って声をかけたそうです。

細かいデータは頼りになるだろうけど、

最後は、その場での勘を信じていいということを伝えられるのは、

山のように試練を超えてきたコーチだからですかね。

 

舞台の裏はおもしろいし、大切です。

 

実は、私がやっている心理士の仕事においても

クライエントと会うという舞台の表よりも、

カウンセリングの時間以外で

クライエントの行動の意味を考えたり、

新しい知見についての情報を集めたり、

さまざまな職種の人と打ち合わせをしたり、

スーパーバイザーに厳しく指導を受けたり、

カウンセリング時に自分らしくいられる工夫をしたり

などといった舞台の裏での体験が、

とてもとても重要になってきます。

 

心理職というのは、人の役に立つ、誰かを救う、などという

舞台の表側で起こることに目を奪われがちですが、

舞台の裏での自分の心の動きへの自覚や、

地味な努力の絶え間ない積み重ねを軽視できません。

これらは、信頼できる専門性を支える

掛け替えのない土台になります。

「自分では失敗するかも」なんて思いで

クライエントの前に立つ専門家なんて

いてほしくないですよね。

努力もせずに「勘を信じて今日のカウンセリングやるわ」

なんて専門家も嫌ですよね。

 

それにしても、

結果は分かっているのに、

テレビで流されたPKのシーンを見るのに

ドキドキして、手に汗握ってしまいました。(ま)

2021年7月30日 (金)

ザ・ぎっくり腰

私は、数年に一回、「ぎっくり腰」をします。

若い皆さんは、経験がないかもしれませんね。

心理学専攻の教員の中には

何人か「ぎっくり腰」メンバーがいます。

(彼らの名誉のために名前は伏せておきます)

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たいてい、はじまりは、

重たいものを持ち上げたとか、

長時間、無理な姿勢をとったとか

っていうものが多いようですが、

私の場合、「ぎっくり腰」のはじまりは

皆さんとちょっと違います。

 

ポークチョップに塩コショウをしていて、

くしゃみをしたとたん、だったり、

 

朝、顔を洗おうとして

前かがみになったとたん、だったり、

 

応援していたサッカーチームがゴールを決めて

「やったあ」と片腕をあげたとたん、だったりします。

 

自慢にならない、変なはじまりかたです。

 

さて、ひさしぶりに「ぎっくり腰」となりました。

そして、今回も

はじまりは自慢にならないほど変でした。

歯医者で「倒します」といわれて診察台を倒され、

しばらく施術されたあと、

「起こします」と言われて起こされたとたん、

「ぎっくり腰」となりました。

もう大変です。

何が大変って、

「うがいしてください」と言われても、

無理です。

「今日はこれで終わりです」と言われても、

診察台から降りられません。

うなっていたら看護師さんに、

「痛かったですか」と優しく声をかけられましたが、

(腰は)死ぬほど痛いけど、(歯は)全く痛いわけではなく、

 七転八倒しながら、日本語にならないうめき声を

あげるしかできませんでした。

 

これまでの「ぎっくり腰」のはじまりは

家の中だったので恥をかくことはなかったのですが、

このはじまりは、実に恥ずかしい。

「ヴゴゲマゼン」

やっと絞り出た声でそういったまま、

しばらく診察台を占拠しました。

次に患者さんがいるのに、

しばし見守ってくださった歯医者さんの皆様、

ありがとうございました。

待たせてしまった次の患者さん、本当に

ごめんなさいです。

どうやって、帰ったか・・・

ことばにするのも恐ろしいです。(ま)

2021年7月26日 (月)

期末だ! オリンピックだ!

元気ですか?

賛否両論、いろいろあったけど、

オリンピックがはじまった。

開会式のドローンの映像、

まるで生き物みたいだったわ。

 

メダルをとった人のインタヴューを耳にすると

ひとりの人が頑張り続ける過程には

山も谷もあって

そこに、たくさんの人が

さまざまな形で関わっているんだなと

あらためて思うわね。

 

選手の首にかけられるメダル。

目に見えるのは1個だけだけど、

 

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目には見えないメダルが

たくさんの人たちの首にかかっているんだろう。

 

映像が先導する社会では、

どうしても、

目に見えるものに焦点があたってしまい、

目に見えていないものの存在が軽視されがちだ。

 

だけど、あらためて、

目に見えるものだけがすべてではないってこと

忘れないでいたい。

星の王子様も言ってたわ。

「かんじんなことは目に見えない」って。

それから、目に見えないものをどう見るか。

「心で見るんだ」って。

 

ただ、疲れていたり、

余裕がなくなっていたりすると

心で見るのがむずかしくなる。

 

期末になって、試験やらレポートやらで

忙しい毎日だろう。

心が疲れてしまうと、

目に見えにくい大切なものを見失ってしまう。

 

意識して、心を休ませてあげようね。

そうしたら、

とっても大切なことが見えてくるかもしれない。

前期の学びにそれがプラスされると

すごくステキだと思うな。

 

さて、いろんな思いで出場した選手や関係者たち。

だれもの首にはすでにメダルがかかっていることを

心の目で見ながら、応援しよっと。(ま)

2021年7月10日 (土)

明日はオープンキャンパス 

明日11日はオープンキャンパス。

心理学専攻からは、上野先生のオーキャンデヴューです。

きっと今夜は眠れないはず。

眠そうな目をしてても、温かい気持ちで見ていてください。

 

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(4号館裏のあじさいです)

 

さて、今日は、

そんな上野先生をリラックスしてもらう話題を。

 

我が家の新車。

そう、例の

運転手が運転しないでも動く、あの車です。

 

会話もできるということで

ちょっとやってみました。

 

「お腹がすいたわ」と言うと

『お近くのレストランが10件見つかりました』と

教えてくれます。

レストランを教えてといわなくても

空腹にこうしてつきあってくれるところがなかなかすごい!

 

退屈してきたので

「なぞなぞ出して」とお願いしました。

すると

『なぞなぞは苦手なので、ごめんなさい』と。

ならば、「何か歌を歌って」と声を掛けてみました。

そしたら

『ご披露できるほどのものではありませんので

遠慮させていただきます』というお返事。

謙虚です。

 

「世界で一番かっこいい車は何ですか」と

聞いてみました。すると、

『ありがとうございます。私の事ですか』と

謙虚さを漂わせつつ、自慢!みたいなお返事でした。

 

いろんな難問につきあってくれたわが愛車。

もう終わりにしようと思ったのですが、

なかなか終われません。

『声が聴きとれませんでした』と

繰り返してきます。

「おしまい」といっても「もういいです」といっても

繰り返してきます。

 

人間関係でも、出会い以上に難しいのが

別れであります。

シンプルに「さようなら」と言ってみました。

そしたら‥‥、静かになりました。

 

運転しなくていい車の楽しみ方です(ま)。

 

2021年6月27日 (日)

豊かな孤独

今年度の前期は、

心理学専攻以外の学生にも開かれている演習を担当している。

毎回、絵本を通してみんなで心に向き合う時間。

ある日のテーマは「孤独と孤立」。

学生の中に

中高校生のころは「孤立したくないと思っていた」り、

「孤立しないことにエネルギーを傾けていた」り、

そんな体験をもっているものがいたけれど、

大学生になった今、

孤独の体験を大切だと思えている自分がいることに

気づいているものがいた。

もちろん、いまだに孤立も孤独も

好きになれないという人もいたけれど、

どちらが正しいとか、間違いとか、そんなのはない。

でも、「豊かな孤独」を大切に思えるようになるきっかけって

なんだったんだろうかと関心をもった。

 

さて、テキストには、

「豊かな孤独」を体験させるもののひとつとして

「自然」ということが取り上げている。

そこで、他にどんなふうに

「豊かな孤独」を体験することができるか

学生たちの体験を共有した。

 

静かに本を読むこと、好きな音楽を聴くこと、

入浴したり、夜にベッドの上でぼおっと横になったり

ということが大切な孤独の時間を提供していると教えてくれた。

他にも、ひとり旅やあえて人ごみに出てする買い物なんてことも

「豊かな孤独」を体験させているようだった。

いろいろあって面白い。

そして、いずれの「豊かな孤独」も、

大学生の彼らにとって、

こう見られたい、こうでなければということから解放され

「自由」を体感しながら

自分のありのままと向き合うチャンスとなっていることが、

見えてきて、あらためて、

青年期の「豊かな孤独」の意味を感じることができた。

 

そうそう、面白かったことは他にもあってね、

この日は、演習の中で、

絵本「泣いた赤鬼」の物語の続きを考えてみた。

赤鬼は人間の友だちができなくてさびしくてね、

親友の青鬼の力を借りて友だちができるんだけど

青鬼は置手紙を残していなくなってしまうという話。

 

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(泣いた赤鬼 偕成社)

 

なんとも言えない終わりだ。

 

みんなからの物語の続きには、

さまざまなキーワードが登場した。

正直になる勇気、

深い後悔と感謝、

試練と謝罪、

関係づくりの理解と成長、

自分中心的指向からの脱却…

 

学生たちが考えてくれた物語の続きには、

赤鬼が「ひとりになる」という体験が

いくつも存在していたのは印象的だった。

それは最初に赤鬼が体験していた

「ひとりになる」とは異なる体験であった。

 

へそ曲がりの私は、

青鬼を主語にして続きを作ってみた。

青鬼は、自分が書いた手紙について

旅をしながらひとりになって考えてみて、

自ら赤鬼のところに戻っていくという物語。

 

彼にも「ひとりになる」時間が必要で、

それは彼をも変化させていくんじゃないかな。

 

あなたならどういう物語の続きを作るかしら?(ま)

2021年6月17日 (木)

便利って

16日の大学院進学説明にはたくさんの方が集まってくれました。

半分以上が学外のかたで、いろいろな方に関心をもっていただけること

うれしいです。

たとえ、本学と縁がなくても、

将来、臨床の現場で一緒にクライエントをサポートする日がくるかもしれませんね。

心理職は、一生学び続け、自分と社会に責任をもっていく仕事です。

受験だけのために学んでいるなんてもったいない。

自分がめざすキャリアのために、受験期から

好奇心をもって学び続けられる自分を育ててください。

 

さて、我が家に、十何年ぶりに新車がやってきました。

H11 

 

最近の車は、いろいろ便利な機能がついてます。

ぼっとしてても前の車が止まれば勝手に止まるし、動いたら知らせてくれる。

車の周りに人や他の車などが近づいてくると警報が鳴る。

ハンドルをにぎらなくても、車線内を走行してくれる。

アクセルを踏まなくても、前の車と車間距離をあけて走行してくれる。

標識をよみとって、法定速度を教えてくれる。

便利な機能、挙げたらきりがありません。

 

だけど、こうして車は進化して便利になっっても、

それを使う人間が進化していないため、

便利の機能を楽しめるまでには、なかなかいきません。

旦那は曰く、車の自動ブレーキのタイミングが

彼の感覚と異なるらしく、

前よりも運転するのに緊張しているとか。

どおりで、私が横で話しかけても

「運転中だから」と9割無視です。

(私から見ると、アクセルもブレーキも自分で踏まないで

どこが「運転」なんだろうと思うのですが)

  

助手席にすわっていても、落ち着きません。

あっちからこっちからいろんな音が鳴ってくるし、

カーナビにもいろんな表示がでてきて、

「これなに?」「いまのどしたの?」ってなるんだもの。

 

車だけでなく、生活の中に便利がたくさん登場してます。

人間って、自己コントロール力を高めるため、

いろいろな発明をしてきたんだと思うけど、

そうした発明による便利さで、

逆に自分でコントロールするという力を弱めていってないかしら。

私、目視しながらバックで駐車するのが得意だったのに、

今やカーナビに移る映像にたよりすぎて、

目視では駐車できなくなってる気がするのです。

   

やれやれ便利というのは、実に不便だなと思います。(ま)

 

«ひょっこり。

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